「投資における最も一般的な、そして最も高くつく間違いは、『偉大な企業』と『偉大な投資』を混同することである」
ハワード・マークスは、多くの投資家が陥る根本的な勘違いをこう喝破する。誰もが知っている素晴らしい製品を作り、優秀な経営陣を持ち、売上が急成長している企業。そうした企業を見つけることは難しくない。しかし、その「素晴らしい企業」の株を買えば必ず儲かるかといえば、答えは絶対にノーだ。
価格こそがすべてを決める
マークスの哲学の核心は、「どんなに優れた資産でも、買値が高すぎれば最悪の投資になり得る」という冷徹な事実にある。
多くの人は『質の高い資産は、いくら払っても安全だ』と思い込んでいる。しかし、投資のリターンを決定するのは資産の質ではなく、『その資産に対していくら支払ったか』だ。完璧な企業であっても、価格が完璧以上の未来を織り込んでいれば、そこから得られるのは失望だけだ。
逆に、「問題を抱えた平凡な企業」であっても、市場がそれを過剰に悲観し、本来の価値よりも不当に安い価格(投げ売り価格)で取引されていれば、それは「偉大な投資」になり得る。オークツリー・キャピタルがディストレス債(破綻企業の債券)などの不人気な資産で莫大な利益を上げてきた理由はここにある。
現在のAIブームを牽引する巨大テック企業は、間違いなく「偉大な企業」である。利益率も成長性も圧倒的だ。しかし、問題は「その偉大さがすでに現在の株価に完全に(あるいは過剰に)織り込まれているのではないか」という点だ。
「偉大な企業」を買うことは心地よい。同僚に話しても馬鹿にされないし、一時的に株価が下がっても「優良企業だから大丈夫」と言い訳ができる。しかし、マークスが言うように、投資家が本当に探すべきなのは「心地よい投資」ではなく、価格と価値の間に歪みがある「偉大な投資」なのである。
「コンセンサスの逆」を行く苦痛
「偉大な投資」を行うためには、必然的に「市場のコンセンサス(総意)の逆」を行かなければならない。皆が「素晴らしい」と絶賛しているものを避け、皆が「ゴミだ」と見放しているものの中から価値を見出す作業だ。
「快適な投資は、決して高いリターンをもたらさない」。
マークスのこの教えは、私たちが株を買う時、「なぜこの株はこんなに安いのか?(あるいは高いのか?)」という問いを、常に市場のコンセンサスと照らし合わせて検証することの重要性を痛感させる。