「米中の経済的なデカップリングは、双方にとって、そして世界にとって破壊的だ。我々が求めているのはデリスキング(リスク軽減)であり、断絶ではない」
2024年4月、イエレンは2度目の中国訪問で、米中経済関係の微妙なバランスを表現するために「デリスキング」という言葉を選んだ。
「デリスキング」の実態
イエレンの「デリスキング」は、以下の二重戦略を意味する。
- 協力すべき分野では協力する: 気候変動対策、マクロ経済の安定、金融規制
- 安全保障に関わる分野では制限する: 先端半導体、AI技術、量子コンピューティング
米国は中国との貿易を止めようとしているのではない。しかし、中国の過剰生産能力が世界市場を歪め、他国の産業基盤を破壊することは受け入れられない。特にEV、太陽光パネル、バッテリーの分野で、中国は不当に安い価格で世界市場を席巻しようとしている。
中国の「過剰生産能力」問題
イエレンが最も強く批判したのは、中国の産業補助金政策だ。
- EV: BYDの最廉価モデルは約100万円——テスラの半額以下
- 太陽光パネル: 中国メーカーは世界生産の80%以上を占有
- リチウム電池: 中国の生産能力は世界需要の2倍以上
これらの産業で、中国政府は国有銀行を通じた低利融資、土地の無償提供、直接補助金など、大規模な支援を行っている。結果として、中国製品は採算度外視の価格で世界市場に流出している。
イエレンの「過剰生産能力」批判は、日本の製造業にも直接関わる問題だ。日本のEVメーカー(トヨタ、日産、ホンダ)は、中国のBYDとの価格競争で苦戦している。太陽光パネルでは、日本メーカーはすでに事実上撤退した。
しかし、消費者の視点から見れば、安い中国製品は歓迎すべきものだ。安いEVは脱炭素化を加速し、安い太陽光パネルはエネルギーコストを下げる。
この矛盾が、イエレンの「デリスキング」政策の本質だ。経済合理性では中国製品を受け入れるべきだが、安全保障と産業政策の観点からは制限すべきだ。この二つの論理の衝突が、今後10年の国際経済を規定するだろう。
日本の投資家は、この「デリスキング」の波に乗る企業(半導体製造装置のTokyo Electron、素材のShinEtsu Chemicalなど)と、波に飲まれる企業を見極める必要がある。
外交官としてのイエレン
エコノミストとしてのイエレンは、データと論理で議論する。しかし財務長官としての彼女は、外交術も求められる。
北京での会食でイエレンがキノコ料理を4皿注文したことが中国のSNSで話題になり、「イエレンは中国文化を尊重している」と好意的に受け止められた。この小さなエピソードが、「デリスキング」という厳しいメッセージを和らげる効果を持った。
政策と外交、データと人間関係——イエレンの中国訪問は、21世紀の経済外交の複雑さを象徴していた。