「我々はもう少し多くのデータを確認する必要がある。しかし、6月にはさらに多くの情報が得られるだろう」

2024年3月7日、ラガルドの記者会見での発言は、市場関係者の間で「6月利下げの確約」と解釈された。中央銀行家の言葉としては異例なほど具体的な時期の示唆だった。

利下げへのカウントダウン

2024年3月時点で、ユーロ圏のインフレ環境は劇的に改善していた。

  • 総合インフレ率: 2.6%(ピーク時の10.6%から大幅低下)
  • コアインフレ: 3.1%(ピーク時の5.7%から低下)
  • 賃金上昇率: やや鈍化傾向

インフレとの戦いは大きく前進した。しかし、我々は勝利を宣言する前に、もう一つの確認が必要だ。賃金上昇が物価上昇に再び火をつけないかどうか。春の賃金交渉データが、その答えを教えてくれるだろう。

— Christine Lagarde, ECB記者会見, 2024年3月

FRBに先んじる決断

注目すべきは、ECBがFRBよりも先に利下げに踏み切ろうとしていた点だ。通常、ECBはFRBに追随する。しかし2024年は、ユーロ圏の景気がより深刻に悪化しており、先行利下げの合理性があった。

実際、ECBは6月6日に預金ファシリティ金利を4.00%から3.75%に引き下げた。FRBの利下げ(9月)に3ヶ月先行した。

  • ECB初回利下げ: 2024年6月6日(4.00% → 3.75%)
  • FRB初回利下げ: 2024年9月18日(5.25-5.50% → 4.75-5.00%)
筆者の見立て

ラガルドがFRBに先行して利下げを決断したことは、ECBの「独立した判断」を示す重要なシグナルだった。長年「FRBの後追い」と揶揄されてきたECBが、自らの経済データに基づいて独自の判断を下した。

しかし、ECBが先に利下げすれば、ユーロはドルに対して下落する。これは輸入インフレの再燃リスクを高める。ラガルドはこのトレードオフを承知の上で、「景気悪化の方がインフレ再燃よりも大きなリスクだ」と判断した。

日本の投資家にとって、ECBの利下げ先行は「ユーロ安・円高」方向に作用する。欧州株をユーロ建てで保有している場合、株価上昇が為替差損で相殺されるリスクに注意が必要だ。

ラガルドの遺産

ラガルドの任期中(2019年-)のECBは、パンデミック、戦争、エネルギー危機、歴史的インフレという「完璧な嵐」に直面した。彼女は-0.50%から4.00%まで金利を引き上げ、そして引き下げ始めた——一つの完全な金利サイクルを経験した初のECB総裁だ。

その評価は歴史が下すが、少なくとも「利上げの遅れ」という批判は残るだろう。一方で、ユーロ圏を分裂させずにこの危機を乗り切ったことは、政治力の証明でもある。