東京のスターバックスで、トールサイズのラテが 600 円。
これがアメリカ人観光客の目には、「$3.85 で買える」と映る。同じものをニューヨークで買えば $6.50。日本での同じ商品は、ドル建てで 40% 引きで売られている。
これが「ドル円 156 円」の中身だ。為替の話ではない。日本人の労働、土地、商品、すべてが、世界の中で 40% 引きで売られている、という話である。
「異常な円安」から「常態の円安」へ
ドル円の歴史的水準を整理する:
| 年 | ドル円 | 文脈 |
|---|---|---|
| 1995 | 80 円 | 史上最円高、トヨタ赤字 |
| 2008 | 90 円 | リーマンショック、円高進行 |
| 2012 | 80 円 | アベノミクス開始前 |
| 2015 | 120 円 | 黒田バズーカ後 |
| 2022 | 130 円 | 米利上げ開始 |
| 2024 | 150 円 | 「異常な円安」と日経が報道 |
| 2026 | 156 円 | 異常から常態へ |
2024 年の 150 円台は「介入も視野」と財務省が騒いだ水準。2026 年の 156 円は、ニュースにすらほぼならない。「異常」がいつの間にか「常態」になる——これが日本の家計が静かに飲まされている薬の正体だ。
ビッグマック指数で見る日本の「割引価格」
The Economist のビッグマック指数(2026 年):
| 国 | ビッグマック価格(米ドル換算) |
|---|---|
| スイス | $7.80 |
| 米国 | $5.69 |
| ユーロ圏 | $5.30 |
| 中国 | $3.65 |
| 日本 | $3.10 |
| メキシコ | $4.20 |
メキシコより安い。中国より安い。日本のビッグマックは、世界の主要国でほぼ最安である。
これが意味するのは、ハンバーガーが安いだけではない。日本国内で生み出されるサービスの値段、労働の対価、すべてが世界の中で割安に固定されているということだ。
これは過去 30 年で初めての経験ではない。1985-1995 年のプラザ合意 → バブル → 円高局面では、日本の労働と資産が「世界で最も高い」状態だった。当時の日本人がハワイ・ニューヨークで「安い」と喜んでいたのと、まったく逆の構造である。
円安は単なる為替の話ではない。日本人の国際的な購買力が、30 年前の親世代の半分以下になっていることの帰結だ。
なぜ円は戻らないのか
「いずれ円高に戻る」と期待する家計は多い。だが、戻らない構造的理由が複数ある:
- 金利差の構造化:日米金利差は当面縮まらない(植田総裁の利上げ示唆も限定的)
- 貿易赤字の定着:エネルギー輸入依存 + 観光出超でも、構造的に円売り
- 海外投資の片道:NISA で個人が海外株を買い続ける、円→ドルの片道フロー
- 政治的な円安容認:「介入は最後の手段」というスタンスが市場に染み付いた
- キャリートレード再燃:日銀利上げが遅いほど、円借入→海外投資の動機が強い
これらが組み合わさり、ドル円 150-160 円が「平均」になる時代に入った。
家計レベルで何をすべきか
「円安が戻る」を前提にしない家計設計。具体的には:
- NISA の海外株配分:すでに多い人は、為替ヘッジ付き商品の比率を増やす
- 外貨建て貯蓄:将来の海外旅行・教育費用は早めにドル建てで確保
- 実物資産:金・銀など通貨に依存しないアセット
- 海外不動産:超富裕層向け、ハードルは高い
逆に、避けるべきは:
- 「いずれ円高に戻る」前提の円預金集中
- 為替ヘッジなしの日本投資家向けドル建て商品
- ドル建て借入(住宅ローン等)
グライアーツ氏が指摘するように、「真のベンチマークは金」。円安が止まらない世界では、通貨建てで考えること自体が罠になる。
30 年前のサラリーマンの月給 50 万円で、ハワイに 1 週間家族旅行に行けた。2026 年の月給 50 万円で同じ旅行に行こうとすると、最低でも 100 万円必要になる。「同じ金額で 30 年前と同じ生活ができない」のは、給料が低いからではない。円が安いからだ。
「円高に戻る」を待つのは、過去 10 年でほぼ常に外してきた予測である。前提を変える時間が、家計に与えられている。
毎日のスターバックスのラテが、外国人観光客から見れば「40% 引き」という現実は、毎月の給与明細以上に、日本の家計について多くを語っている。