「インフレとの戦いで最後の1マイルが最も困難だ。我々は性急に勝利宣言をする余裕はない」
2024年2月、パウエル議長は異例にも60 Minutes(CBSの看板報道番組)に出演し、全米にこのメッセージを直接届けた。Fedの議長がテレビのインタビュー番組に出ることは極めて稀だ。
市場 vs Fed:期待のギャップ
2024年初頭、金利先物市場は年内6回の利下げを織り込んでいた。3月にも最初の利下げが来ると見る投資家が多数派だった。
パウエルはこの期待を正面から否定した。
3月は利下げを開始する時期として、我々の基本シナリオではないだろう。我々は1970年代の過ちを繰り返したくない。あの時代、Fedは早すぎる利下げでインフレを再燃させ、結局より厳しい引き締めを強いられた。
この発言後、3月利下げの確率は80%から20%へ急落した。
「最後の1マイル」問題とは何か
インフレ率が9%から4%に下がるのは、比較的容易だ。エネルギー価格の正常化、サプライチェーンの回復、ベース効果——これらが自動的に数字を押し下げる。
しかし4%から2%への道のりは質的に異なる。ここからは構造的なインフレ要因——賃金上昇、住居費、サービス価格——と戦わなければならない。これらは「自然に下がる」ものではなく、需要そのものを冷やす必要がある。
- CPI(消費者物価指数): 2024年1月時点で前年比3.1%
- コアCPI(食品・エネルギー除く): 3.9%——目標の約2倍
- 住居費インフレ: 6.0%——最大の押し上げ要因
パウエルがテレビ出演という異例の手段を使ったこと自体が、メッセージの強さを物語っている。通常のFOMC記者会見では、発言は金融メディアを通じて翻訳され、ニュアンスが変わる。60 Minutesなら、一般視聴者に直接「利下げは遠い」と伝えられる。
これは金融政策であると同時に、期待管理のコミュニケーション戦略だ。市場が先走って金融環境を緩和してしまえば、Fedの仕事は台無しになる。パウエルは「空気を読まない」ことで、インフレとの戦いの主導権を守った。
2024年の日本株・円相場に対する含意は明確だ。Fedの利下げが遠のけば、日米金利差は長期化し、円安圧力は続く。「いずれ円高に戻る」という漠然とした期待でドル建て資産を避けることは、機会コストになりかねない。
1970年代の亡霊
パウエルが繰り返し言及する「1970年代の過ち」とは、アーサー・バーンズFRB議長(在任1970-78年)の判断ミスだ。バーンズはインフレが落ち着いたと見て利下げに転じたが、インフレは再燃し、最終的にポール・ボルカーが政策金利を20%まで引き上げるという劇薬を強いられた。
歴史は韻を踏む。パウエルが「忍耐」を繰り返すのは、この歴史的教訓が骨の髄まで染みているからだ。