「株も債券も不動産もビットコインも、すべては流動性で説明できる。中央銀行がバランスシートを拡大すれば資産は上がり、縮小すれば下がる。個別の企業の業績(ファンダメンタルズ)は、流動性というマクロの巨大な重力の前では二次的な要素に過ぎない」
Real VisionのCEOであり、元ゴールドマン・サックスのマクロストラテジストであるラウル・パルは、現代の金融市場を理解するための最もシンプルかつ強力なフレームワークとして、「流動性=重力(Liquidity is Gravity)」という理論を展開している。
グローバル流動性(主要中央銀行のバランスシート合計)とS&P500の相関係数は0.92だ。ビットコインとの相関は0.88。つまり、資産価格の方向性の9割は、企業努力ではなく中央銀行の流動性で説明できてしまう。
流動性がすべてを支配するサイクル
伝統的な株式投資家は「企業の利益成長が株価を押し上げる」と信じている。しかしパルは、特に2008年のリーマンショック以降の市場においては、その常識は完全に覆されたと指摘する。
中央銀行(FRB、ECB、日銀、PBOCなど)が市場に資金(流動性)を供給すれば、その資金は行き場を求めてあらゆる資産クラスへと流れ込む。結果として、企業の業績に関係なくすべての資産価格が押し上げられる(マルチプル・エクスパンション)。逆に、インフレ抑制のために中央銀行が資金を引き揚げれば、どんなに業績の良い企業の株価も下落から逃れることはできない。流動性はまさに「重力」なのだ。
この流動性サイクルの威力は、近年の市場動向を見れば明らかである。
- 2020年〜2021年(パンデミックと超絶緩和): FRBが歴史的な規模で流動性を供給。実体経済がボロボロにもかかわらず、S&P500は最高値を更新し続け、ビットコインは数倍に暴騰した。
- 2022年(QTと急速な利上げ): インフレ退治のためにFRBが流動性を吸収。その重力により、S&P500は一時-20%超の下落、暗号資産は-70%の暴落を記録した。
- 2023年〜(銀行危機対応と財政出動): SVBショック等でFRBが一時的に流動性を供給し、さらに米政府が巨額の財政赤字を垂れ流したことで、事実上の流動性が増加。これがAIブームと相まって株価を最高値へと押し上げた。
パルの「流動性=重力」フレームワークは、マクロの大きなトレンド(潮の満ち引き)を把握するために極めて実践的だ。個別の銘柄選びで悩む前に、まずは「今、海の水は増えているのか、減っているのか」を把握するべきだ。
個人投資家がこのフレームワークを実践するには、複雑なマクロ分析は必要ない。FRBや日銀のバランスシートの増減、あるいはM2(マネーストック)の推移を月に1回確認するだけでいい。これらのデータは米セントルイス連銀のデータベース(FRED)などで無料で閲覧できる。
中央銀行がバランスシートを拡大(緩和)している時期は、リスク許容度を最大化してハイテク株や暗号資産にフルインベストメントする。逆に、バランスシートを縮小(引き締め)している時期は、現金比率を高め、ディフェンシブな資産(短期国債など)へ避難する。この「流動性の波」に逆らわないことこそが、現代の金融市場で最もシンプルで確実な投資戦略である。