「市場は銀行危機が終わったと思いたがっているが、商業用不動産の問題はまだ表面化すらしていない」

2023年6月、ドーン・フィッツパトリックはBloombergのインタビューでこう語った。SVB破綻から3ヶ月、市場は早くも「危機は過ぎた」と楽観に傾いていたが、ソロス・ファンドのCIOはまったく異なる景色を見ていた。

商業用不動産という時限爆弾

フィッツパトリックが注目していたのは、米国の商業用不動産(CRE)市場だ。リモートワークの定着でオフィス空室率は過去最高水準に達し、金利上昇がリファイナンスの壁を高くしていた。

商業用不動産ローンの約1.5兆ドルが今後2年以内に満期を迎える。その多くは、金利がゼロに近かった時代に組成された。今の金利水準でリファイナンスすれば、多くのプロジェクトが逆ザヤに陥る。

— Dawn Fitzpatrick, Bloomberg Interview, 2023年6月

彼女の予測は正確だった。2023年後半から2024年にかけて、NYCBの株価急落、ドイツのファンドの凍結など、CRE関連の問題が噴出した。

ソロスの後継者としての視座

フィッツパトリックは2017年にソロス・ファンド・マネジメントのCIOに就任した。ジョージ・ソロス本人が選んだ後継者として、約280億ドルの資産を運用する。

彼女のアプローチはソロスから学んだ「マクロ×リスク管理」の融合だ。

  • マクロの風向きを読み、大きなテーマに沿ったポジションを取る
  • 非対称なリスク・リターンを追求する——下落リスクが限定的で、上昇余地が大きい取引
  • 間違いを素早く認める——ソロスの最大の教えは「損切りの速さ」
筆者の見立て

フィッツパトリックの警告の核心は、「安心感は最も危険な投資環境だ」という点にある。2023年6月、S&P500は年初来+15%と好調で、市場のVIX(恐怖指数)は13台まで低下していた。しかし、彼女が見ていたのは株価チャートではなく、銀行のバランスシートの奥に隠された損失だった。

日本の投資家にとっての含意:米国商業用不動産への投資信託(REIT)は、日本の個人投資家に人気のある商品だ。フィッツパトリックの警告は、「高い利回り」の裏に潜むリスクを冷静に評価すべきだと教えている。

AIへの巨額投資

同じインタビューでフィッツパトリックはAIにも言及した。「AIは過去20年で最も重要な技術革新であり、ソロス・ファンドは積極的に投資している」と語った。悲観と楽観が同居する——これがマクロ投資家の視座だ。危機の中に機会を見出し、楽観の中にリスクを見出す。

ソロスが「再帰性」と呼んだもの——市場参加者の認識が現実を変え、変わった現実が認識をさらに変える——を、フィッツパトリックは21世紀のマーケットで実践し続けている。