「我々は自由市場資本主義から、政府が資本の流れを指図する時代へ移行しつつある。これは数十年続く構造変化だ」
ラッセル・ネイピアは、金融市場の歴史を専門とする研究者であり、中央銀行と政府の関係について独自の分析を展開している。彼の「金融抑圧(financial repression)」論は、2023年に最も注目された金融理論の一つだ。
「金融抑圧」とは何か
金融抑圧とは、政府が金利を意図的にインフレ率以下に抑えることで、実質的に「ステルス課税」を行う政策だ。歴史的には、第二次世界大戦後のアメリカで実施された。
1945年から1980年にかけて、米国政府は金利を人為的に低く抑え、インフレを許容することで、GDPに対する政府債務比率を120%から30%に削減した。納税者は気づかないまま、実質的に資産を没収されたのだ。
ネイピアは、2020年代の各国政府が再びこの手法に回帰すると予測する。理由は単純だ——増税は政治的に不可能だが、金融抑圧は国民に気づかれにくい。
中央銀行の敗北
ネイピアの最も挑発的な主張は、中央銀行はすでに金融政策の主導権を失っているというものだ。
- パンデミック時、政府は中央銀行を通さずに直接国民に現金を配布した(給付金)
- 政府は銀行に対して「どこに融資するか」を指示し始めている(グリーン金融、中小企業融資)
- これは事実上、政府が通貨供給量をコントロールしていることを意味する
「中央銀行の独立性は、すでに実質的に失われている。政府が通貨を創造する時代に、中央銀行の金利操作は従属的な手段に過ぎない」
ネイピアの理論は、日本の投資家にとって最も身近な話かもしれない。日本は30年間、世界で最も極端な金融抑圧を実施してきた国だ。ゼロ金利(あるいはマイナス金利)の下でインフレが上昇すれば、預金者の購買力は毎年確実に削られる。
2023年時点で、日本のCPIは約3%、定期預金金利は0.01%。つまり預金者は毎年約3%の「ステルス課税」を受けている。1,000万円の預金は、実質的に毎年30万円ずつ価値を失っている。
ネイピアの提言:金融抑圧の時代に富を守るには、実物資産(不動産、金、株式)に投資するしかない。名目金利がインフレ率以下に抑えられる世界では、現金を持つことが最大のリスクになる。
金融史からの教訓
ネイピアは「The Anatomy of the Bear(弱気相場の解剖学)」の著者として知られる。1921年、1932年、1949年、1982年の4つの大底を研究し、株式市場のサイクルを分析した。
彼の研究から導かれる結論:弱気相場の底は、誰もが株式投資を諦めた時に来る。そしてその底は、金融抑圧政策が実物資産への投資を促進することで、最終的に新しい強気相場を生み出す。